昔日の北海道

アクセスカウンタ

zoom RSS 根北線越川駅 (40年前の「北海道国鉄全線乗車計画」:その12)

<<   作成日時 : 2008/11/18 17:58   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 37 / トラックバック 1 / コメント 0


 最近はどうも写真の修正(ゴミ、傷の除去)がすっかり面倒になってしまって、更新を2ヶ月以上もサボってしまった。今日は「北海道国鉄全線乗車計画」の第12回目であるが、この調子ではこの連載を終わる前に、こちとらはあの世へ行ってしまいそうである。少し、ハッパをかけないといけない。

 前回は美幌から石北線を下り、湧網線で網走〜能取間を往復した後、釧網線で斜里(知床斜里)へ到着したところで終わった。今回は、斜里から北海道国鉄線の中で2番目に廃止された根北線の終着駅である越川駅を往復し、美幌に帰るまでを収めるつもりであったが、写真の枚数が一寸多過ぎるので、越川駅の写真だけで1回分とすることにした。日付は昭和45年7月25日である。


画像

越川駅に到着した気動車.勿論1両だけである

少し遠くに写っているのは何処かのTV会社から
取材に来ていたらしいカメラマン

(クリックで拡大表示、以下同じ)

(S45/07/25)

 根北線は、初期の計画では、斜里から知床半島の付け根を横切り、根室標津で標津線に接続する筈であった。Wikipediaに拠れば、計画は何と大正11年(1922年)に立てられており、根室本線の厚床と釧網線の斜里を結ぶ、標津線も含めた新路線建設計画の一部であった。「根室國厚床付近ヨリ標津ヲ經テ北見國斜里ニ至ル鐡道」とされた為、根室国と北見国の両方の文字を取って「根北線」と名付けられたとのこと。

 工事がいつ頃から始められたのかは分からないが、有名な「越川橋梁」(正式名は第一幾品川橋梁。北海道の登録有形文化財に指定)は、戦前の昭和14年(1939年)に完成している。しかし、その後の工事は戦争による物資不足の為中断し、斜里〜越川間の12.8kmが完成したのは、戦後12年も経った昭和32年(1957年)の11月10日のことであった(Wikipediaに拠る)。


画像

無人化されて8年以上経った越川駅

(S45/07/25)

 昭和45年当時、終着駅の越川駅は既に無人駅となっており、写真でお分かりの通り、相当に荒れた状態であった。調べてみると、無人化されたのは、何と開通後僅か4年半後の昭和37年4月1日のことで、この写真は無人化後約8年4ヶ月経ってから撮った事になる。荒れているはずである。

 写真で見るとおり、子供の遊び場になっていた。しかし、割れたガラスなどが散在していて、余り安全な遊び場とは言い難い。

 時間表が写っている。この写真では字が細か過ぎて一寸分からないが、原画を拡大してみると1日2往復あり、1本目は斜里発の普通(列車)で7:12越川着、折り返し斜里行き普通が7:17発、2本目が斜里発の普通で16:09着、折り返しは網走行き普通となり16:14発である。

画像

越川駅の裏側(南側)

(S45/07/25)

 しかし、手元にある昭和40年7月の時刻表をみると、根北線は1日4往復もある。その始発駅、終着駅は一寸面白いことになっているので、以下に紹介する(途中の下越川、以久科は省略)。



  列車番号 始発駅  斜里発   越川着   列車番号  越川発   斜里着  終着駅

  641D  斜里   6:55  7:20  642D  7:25  7:48  緑

  645D  網走  12:30 12:55  646D 13:01 13:23  緑

  647D  緑  15:47 16:12  648D 16:16 16:38  網走

  649D  網走  18:42 19:07  650D 19:12 19:34  網走

 緑と言うのは、温泉で有名な川湯の一つ斜里寄りの駅で、あんな駅(緑在住の方、御免なさい)を始発終着にしていたとは一寸驚いた。昭和46年10月の時刻表にも、緑を終着とする643Dと始発とする644Dが載っている。更に、10年後の昭和56年の道内時刻表を調べてみると、まだ夕方に1本ずつあるが、これは「土・休日休校期間中運休」と書いてあるから通学用の列車らしい。

画像

ホームに停車中の気動車.乗る人は殆ど居ない

(S45/07/25)

 この根北線は、路線バスの走っている国道244号線とほぼ並行しているので、利用者は非常に少なかった。編成は当然1両のみ、斜里駅を出たときに乗っていたのは、地元のおばさん・お祖母さん2〜3人、1枚目の写真に写っている根北線の取材に来たカメラマン氏、更に、私の他に物好きな旅行者が1〜2人居た様な気もするが定かでない。


画像

ホーム側から見た越川駅の駅舎

(S45/07/25)

 途中駅の多くは僅か数メートルの長さしかない仮乗降場である。ビックリしたのは、斜里駅を出たとき、車掌が車掌室から出て来て客の顔をチラチラと見ながら運転席に行き、運転手に何かを話した。すると・・・、降りる人、待っている人の居ない乗降場には停まらないのである。普通、鉄道の場合は、バスとは異なり、どんなに列車が空いており、且つ、駅に誰も居なくても一応停車する。それが、少し減速する(物陰に誰かが居たり、或いは、駅に走ってくる人が居るかも知れない)だけで、決して停まらないのである。その後、色々なローカル赤字線のガラガラ気動車に乗ったが、乗り降りのない乗降場に停まらなかったのは、この根北線だけであった。

 車掌は、鉄道を利用する地元の乗客の顔とその降りる駅を全て知っており、乗っている乗客を調べてから、運転手に停車すべき駅を告げに行ったのである。

画像

3枚目と同じく駅の反対側(S45/07/25)

 当時は国鉄再建の為、赤字線を廃止する話で持ちきりであった。北海道国鉄線は全て赤字、しかもその多くは超赤字線であった。赤字の程度を示すために「営業係数」と言う指標が用いられた。これは、どうやって計算するのかは知らないが、100円の収入を得るために掛かかる経費を円で表した値である。単純に考えれば、営業係数が100未満であれば黒字、100であればトントン、100を越えれば赤字である。Wikipediaに拠ると、1969年(昭和44年)の根北線の営業係数は2,368となっている。100円の収入に2,368円を出費している訳である。しかし、私の記憶に拠れば、昭和45年当時は3,000を越え、3,500に近かった様な気がする。道北の美幸線(美深−仁宇布間21.2km)と並んで、北海道の超赤字線の筆頭であった。因みに、Wikipediaに拠ると、美幸線の営業係数は、昭和49年には3,859に達したそうである。

画像

駅の裏側から改札を通して気動車を見る

(S45/07/25)

 駅は写真で分かるとおり、駅舎の周囲もホームも草ボウボウである。ソモソモ線路自体がかなり草ボウボウなのだが、越川駅に着くまでの写真は1枚もなく、根北線の風景などは越川駅からの帰りに撮った写真しかないので、それらに付いては次回に述べることにする。

 根北線と越川駅が廃止されたのは、この写真を撮ってから約4ヶ月後の昭和45年(1970年)12月1日である。開業後僅か13年で廃線になってしまった。現在の越川駅付近は、Wikipediaに拠れば、「甜菜畑となっており、痕跡はまったく残っていない」そうである。国道244号線が平行して走っているので、廃線跡を利用することもなかったのであろう。

 なお、このWikipediaの「越川駅」には面白いエピソードが書かれている。曰く、「開業から廃線までに取り扱った貨物は初代駅長の引越し荷物ただ1回だけだった」。

画像

折り返し便の出発.窓から出ている肘は恐らく最初の写真のカメラマン氏

(S45/07/25)

 前述の時間表で明らかな様に、帰りの気動車は越川到着の5分後には出発する。写真を撮るのには結構時間がかかる。まだ撮影に気を取られている最中に、気動車はファーンと大きな音をたて、私を残して出発してしまった。慌ててホームに飛び出し大声を上げたら、幸い気動車は止まってくれた。後にも先にも、一旦出発した汽車を呼び止めたのは、この時だけである。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 37
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い 面白い 面白い 面白い
驚いた 驚いた
かわいい

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
− タイトルなし −
 前回の40年前の「北海道国鉄全線乗車計画」:その12は、廃止直前の根北線越川駅の風景だけで終わってしまった。今日は越川駅で乗り遅れそうになった気動車から撮った根北線の風景から始まり、友人の居る美幌に帰るところまでを掲載する。日付は昭和45年7月25日。 ...続きを見る
昔日の北海道
2009/01/24 12:40

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
根北線越川駅 (40年前の「北海道国鉄全線乗車計画」:その12) 昔日の北海道/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる